| (鹿児島県) |
<祁答院蒸溜所> 青 潮 |

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| 明治40年代 |
西精記(明治11年生)、甑島下甑の「青瀬協業組合」組合員の一員として青瀬地区の焼酎造りに携わる。 |
| 昭和20年代 |
西行法(明治43年生)が「西酒造場」を設立。 |
| 昭和55年 |
西道行(昭和24年生)が3代目を受け継ぐ。 |
| 平成19年10月 |
焼酎粕処理、工場排水、原材料確保の問題から、甑島での焼酎製造を断念。鹿児島県本土、薩摩川内市祁答院町藺牟田の地へ褐V答院蒸溜所として法人化の上、免許を移転する。 |
| 平成19年10月 |
(株)祁答院蒸溜所、製造始まる。 |
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鹿児島県の西部の沖合に浮かぶ美しい海に囲まれた甑島で古くから親しまれてきた「青潮」といういも焼酎があります。
この焼酎は20年に渡り、その造りを封印されていたのですが、最近になってその造りが復活。造りは日本酒の大吟醸並の少量手造り蓋麹で、木槽による仕込み。
生産量がわずかの上にテレビでも放映されたためにもともと入手困難な物が超超入手困難品になってしまいました。
ところが蔵元である西酒造は社長である西さんの体調不良に加え、蔵の老朽化等の問題があり、蔵の存続が危ぶまれることに・・・
しかし、こんなに素晴らしい銘酒を絶やしてはいけないとお馴染み「明るい農村」の蔵元・霧島町蒸留所の古屋社長が申し出、新たに『祁答院蒸溜所(けどういんじょうりゅうじょ)』として設立し、「青潮」を引き継ぐことになりました。
新天地の場所は鹿児島県薩摩川内市祁答院町藺牟田。
自然に恵まれた素晴らしい環境で、造りは以前と何も変わらぬ手づくり少量生産の蓋麹づくりに木槽仕込み。
海の下甑島から山の祁答院に蔵は移りはしたものの何も変わらぬ甑島のふるさとの味を守り続ける造りが先月よりスタートしました。
考えてみれば「明るい農村」も長年の沈黙を破り復活した焼酎。
今やいも焼酎好きならば知らぬ者はいないほどで、当店でも看板商品の一つ。
様々な思いが詰め込まれた「青潮」は人を優しくさせる味わいで、不思議と涙が出るようなそんな温かみのある味わい。
「明るい農村」とともに焼酎の未来を支えていく一本となるのは間違いありません。
懐かしさを感じる優しき味わいに酔ってみませんか?
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「青潮」という名の焼酎は知っていたのですが、以前に一度、口にしただけで何か懐かしさを覚える美味しさを感じた記憶を持っていました。
その後、もう一度、飲みたいと思ってもどこにも見つけられることがなく飲めずにいました。
しかし、ある日、取扱いのお誘いが!
これは願ってもいないチャンスと思い早速、お願いすることにしました。
久しぶりに口にした「青潮」は記憶の通り、懐かしさを覚える優しい味わいで、蔵の場所が変われど今後も何も変わらぬ「青潮」の味わいを残し続けていくと確信しました。
少量生産の限定品の為になかなか数は回らないかも知れませんが、多くの人に感動と安らぎを与えてくれる焼酎だと感じています。
こういった味わいの焼酎は本当に少なくなってしまいました。
「温かさ」を感じさせる本当の味わいはいつまでも未来永劫残って欲しい物です。 |
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